自分は元々、記事の作成こそしたことはなかったが、とある放送局で、番組のコーナーや脚本を書いたりする仕事をしている。そのため、人に伝えるということを意識して文を組み立てることは得意だし、嫌いではない。

そんな私が、記事をいくつか提供してきて感じたのは「自分の書いたものに値段がつけられる」という、明確な価値の意識の生まれである。
この文書への価値の意識が生まれることで、私は、少なからずの承認欲求が満たされたと同時に、また、普段の仕事の中でも、「今自分が書いているものにはこれくらいの価値がつけられる」という緊張から、丁寧に文を構成するようになったように思う。言葉選びも、多くの人に伝わるような言い方を好むようになった。

それから、文字数に対する考えが変わった。
ツイッターやライン、メールのようなツールで何気なく友人と言葉をかわす時も、なるべく短い言葉で修飾するようになったのである。
文字数の制限の有無に限らず、できるだけ1つの文に多くの情報を込めるよう普段から意識する、という習慣は、良いことだと我ながら思う。

伝える順番や言い回しなどが改まったということもあるが、この、文字に対する「意識自体が変わった」ということは、私にとって、大きな価値であると感じた。

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